していたところが、ふと聞けば新田義興が足利から呼ばれて鎌倉へ入るとの噂があるので血気盛りの三郎は家へ引き籠もって軍《いくさ》の話を素聞きにしていられず、舅《しゅうと》の民部も南朝へは心を傾けていることゆえ、難なく相談が整ってそれから二人は一途《いッしょ》に義興の手に加わろうとて出立し、ついに武蔵野で不思議な危難に遇《あ》ったのだ。その危難にあったことが精密ではないが、薄々は忍藻にも聞えたので、さアそれが忍藻の心配の種になり、母親をつかまえて欝《ふさ》ぎ出すのでそこで前のとおり母親もそれを諭《さと》して励ましていた。
「門前の小僧は習わぬ経を誦《よ》む」鍛冶屋の嫁は次第に鉄の産地を知る。三郎が武術に骨を折るありさまを朝夕見ているのみか、乱世の常とて大抵の者が武芸を収める常習《ならわし》になっているので忍藻も自然太刀や薙刀《なぎなた》のことに手を出して来ると、従って挙動も幾分か雄々しくなった。手首の太いのや眼光《めざし》のするどいのは全くそのためだろう。けれど今あからさまにその性質を言おうなら、なるほど忍藻はかなり武芸に達して、一度などは死にかかっている熊《くま》を生捕りにしたとて毎度自慢
前へ 次へ
全32ページ中19ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
山田 美妙 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング