は》せて行く馬の影がちらつくばかり、夕暮の淋《さみ》しさはだんだんと脳を噛んで来る。「宿るところもおじゃらぬのう」「今宵は野宿するばかりじゃ」「急ごうぞ」「急ぎゃれ」これだけの応答が幾たびも試験を受けた。
「馬が走るわ。捕えて騎《の》ろうわ。和主《おのし》は好みなさらぬか」
「それ面白や。騎ろうぞや。すわやこなたへ近づくよ」
 二人は馬に騎ろうと思ッて、近づく群をよく視《み》ればこれは野馬の簇《むれ》ではなくて、大変だ、敵、足利の騎馬武者だ。
「はッし、ぬかッた、気がつかなかッた。馬じゃ……敵じゃ……敵の馬じゃ」「敵は多勢じゃ、世良田《せらだ》どの」「味方は無勢じゃ、秩父《ちちぶ》どの」「さても……」「思わぬ……」敵はまぢかく近寄ッた。
「動くな、落武者。知らぬか、新田義興は昨日矢口で殺されてじゃ」
「なに、二の君が」
「今さら知ッたか、覚悟せよ」
 跡は降ッた、剣《つるぎ》の雨が。草は貰《もら》ッた、赤絵具を。淋《さみ》しそうに生まれ出る新月の影。くやしそうに吹く野の夕風。

     中

「山里は冬ぞさみしさまさりける、人目も草もかれぬと思へば」秋の山里とてその通り、宵ながら凄《
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