遊びし時家を憶《おも》ふの詩あり、曰く客蹤乗[#レ]興輙盤桓、筐裡春衣酒暈斑、遙憶香閨燈下夢、先[#レ]吾飛過振鰭山、と。彼は其詩に屡々家庭の消息を泄《も》らせり。而して一も其夫妻相信じ子女|膝下《しつか》を廻る香しき家を想像するの料たらざるはなし。思ふに短気にして剛直なる彼を和らげて大過なからしめ家を治むる清粛にして敢て異言なからしめたるもの小石氏の如きは、名士の婦たるに恥ぢずと謂つべし。
彼が大納言日野資愛の門に出入し詩酒|徴逐《ちようちく》の会に侍せしは思ふに西遊より帰りし後に在らんか。日野氏は尋常の公卿に非りし也。彼は和漢の学に精通せり。其星巌集の序を読めば彼が多少人才を監識するの才を具せるを見るに足る。然れども襄は臣礼を取りて日野氏に事《つか》へざりき。只賓として友として日野氏と交れり。且曰く魚は琵琶の鮮に非れば喫する能はず、酒は伊丹の醸に非れば飲む能はずと。而して日野氏は善く之を容れて其無礼を尤《とが》めざりき。彼が詩に所謂吾骨天賦予なるものは空言に非る也。
文政十年母と杏坪翁とを奉じて嵐山に遊び遂に再び奈良芳野に行き更に近江の諸勝を訪ふ。京に還りて菅茶山の病を聞き往て
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