以て平民主義を解釈したる者は彼れに非《あら》ずして何ぞや。
 而して吾人の彼れに敬服する第二の点は其事務家的能力是也。所謂《いはゆる》幹事の才なる者は蓋し彼に於て始めて見るべし。之を聞く彼れの時事新報を書くや些少《させう》の誤字をも注意して更正すること太《はなは》だ綿密なりと。吾人は嘗て彼の原稿なるものを見しことあり、其|改刪《かいさん》の処は必ず墨黒々と塗抹《とまつ》して刪《けづ》りたる字躰の毫も見えざる様にし、絶えて尋常書生の粗鹵《そろ》なるが如くならず。嗚呼《あゝ》是れ彼れが成功の大原因に非ずや。彼れは何事にも真面目なり。其軽妙婉転たる文章も本《もと》是れ百錬千鍛の裏に出で来る也。誠実なる人也。其眼に一種の威厳ありて其口の一字を書せるが如く締りたるは明かに彼れの人物を示せる者也。

     文学者としての福沢諭吉君

(一)平民的文学  学問の勧めが世の中に歓迎せらるゝ頃は文学は平民的ならざる可《べか》らずてふ思想は一般の風潮なりしが如し。明六社中の論文も、岸田吟香氏の新聞も東京日々新聞の如きも皆|殆《ほと》んど言文一致の躰裁を以て書かれたり。「ナント熊公堂だへ「時に旧平さんと
前へ 次へ
全35ページ中30ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
山路 愛山 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング