げ》を戴きて頑固な理屈を言ひ、旧幕時代を慕つて明治の文明を悪《にく》む時勢|後《おく》れの老人も、若しくは算盤《そろばん》を携へて、開港場に奔走する商人も、市場、田舎、店舗、学校、渾《すべ》ての光景は我眼前に躍如《やくじよ》として恰も写真の如くに映ず。翁は真個に事実中に活《い》くるの人也。嗚呼是れ古今文学上の英傑に欠くべからざる一特質なり。時世を教へ、時勢を動かすの人は皆是れ、時勢を解するの人也。
福沢諭吉君及び其著述(二)
曰《いは》く学問の勧め、曰く文明論概略、曰く民間経済論、曰く時事小言、福沢君の著述が如何《いか》計《ばか》り世間を動かしたるよ。吾人の郷里に在るや、嘗《かつ》て君の世界国尽しを読んで始めて世界の大勢を知りたりき。「天は人の上に人を造らず」の一語が如何に深く日本青年の脳裏に喰込みしよ。楠公の忠節は権助の首くゝりの如してふ議論が如何に世論を沸騰《ふつとう》せしめしよ。而して慶応義塾派の一隊が如何計り社会に勢力たりしよ。
毀誉褒貶《きよはうへん》の極めて多きは其人の尋常ならざるを証する者也。「ホラを福沢、嘘を諭吉」てふ嘲罵が彼れの上に蒙りしより以来今日
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