也。
 暫らく其信ずる所の何たる乎《か》を問ふを止めよ。何にもせよ、若し吾人の生命を賭しても守るべきものありとせば是れ吾人は信条を有する也。是なかりせば吾人は既に其立場を失ひし者也。吾人の品性は失はれたるもの也。
 回教の兵が向ふ所天下に敵なかりしは何ぞや。彼等は人は天命に非ずんば死する者に非ずてふ信条を有したれば也。有るは無きに勝れり。懐疑の空気充満せし文明なる希臘《ギリシヤ》が比較的に野蛮なる偶像信者の羅馬《ローマ》人に亡ぼされたる者は何ぞや。一は信条を有し一は信条を有せざれば也。
 吾人は重ねて言はんとす、吾人の所謂信条とは、
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此に因りて生き、此に因りて死すべきものなり。
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 即ち吾人の血を以て印すべきものなり。文字に書きたる信条の謂に非《あらざ》る也。ソクラテスは彼れの信条の為めに亜典《アテネ》の獄中に死せり。パウロは彼の信条の為めに羅馬に死せり。許多の殉教者は其信条の為めに石にて打たれ、火にて焚《や》かれたり。嗚呼《あゝ》信条なるかな、之を有するの人は以て死生の間に談笑すべし。以て社会の風浪の上に高歩すべし。
 人若し此世の渾《
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