処女|妊《はら》みて子を生まん」其名は天地を讃《たゝふ》る者、人生を慰むる者。
 果して然らば詩人は終に論ずべからざる乎、何ぞ其れ然らん。天|如何《いか》にして詩人を生ぜし乎、是れ固より知るべからざる者なり。世如何にして詩人を起す乎、是れ或は揣摩《しま》すべき者なり。上天の事、生死の事は人智の達し得べき所に非ず、世界が詩人を遇し詩人が世界に対する状態に至つては必しも知り得べからざることにはあらず。
 生れたる者は多し、長ずる者は少なし、播《ま》かれたる種子は万、欝として陰を為すものは三四に過ぎず。詩人として生れたる幾多の人物は暗黒に生れて暗黒に死に、其声は聞へず、其歌は歌はれずして長《とこし》へに眠れり。遇《たまた》ま一世にもてはやされて、多く喝采せられ多く反響せられしものゝみ、天上の星の如く、歴史の長江を飾る者となりて、文学史と人名辞書に其名を止む。斯の如く一は顕はれ、一は隠るゝ所以の者は何ぞや。其|重《お》もなる理由は

    (一) 一は時代の最大必要を歌ひ、一は否なればなり。

 一世には一世の大希望あり、随つて大必要あり。君主|擅制《せんせい》の時代には堯舜《げうしゆん》は歌はれざるべからず。何となれば唯堯舜のみ、此時代を極楽になすを得べければなり。何の為めに祖国の歌とマルセールの歌とは日耳曼《ゼルマン》と仏蘭西に歓迎せられしか、何の為めにウイッチャル、ロングフェロー等は合衆国に歓迎せられしか、何の為めに頼山陽は幕府の季世に歓迎せられしか、彼等は一世の最大希望を見て之が為めに歌ひたればなり。今日の日本が歌ふべき最大の題目は「占守島の郡司」なる乎。「西比利亜《シベリヤ》単騎旅行の福島」なる乎。「豊公の遠征」なる乎、「相模太郎の元寇」なる乎。「復古の感情」なる乎、「敵外の気」なる乎。抑《そもそ》も亦「西行」、「頓阿」、「芭蕉」なる乎。「枯木、寒山、寂々焉たる禅味」なる乎、「塙団右衛門」「奴小万」なる乎。支那は眠れり而れども今や覚めたり、日本は覚めて既に三十年。詩人よ卿曹《けいさう》は日本の前途に何の希望をも見出さゞる乎。日本が有する最大必要は卿曹の眼に映ぜざる乎。卿曹は日本の予言者に非ずや、而して卿曹は大に歌ふべく大に叫ぶべき何者をも日本に於て見出さずと曰ふや。
 払暁、而して鐘声は鳴ざる乎。

    (二) 一は人心の最大必要を歌ひ、一は否なればなり。

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