詩人論
山路愛山
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【テキスト中に現れる記号について】
《》:ルビ
(例)渠《か》れ
|:ルビの付く文字列の始まりを特定する記号
(例)其|咨嗟《しさ》咏歎する
[#]:入力者注 主に外字の説明や、傍点の位置の指定
(数字は、JIS X 0213の面区点番号、または底本のページと行数)
(例)※[#「りっしんべん+宛」、第3水準1−84−51]
/\:二倍の踊り字(「く」を縦に長くしたような形の繰り返し記号)
(例)喋々《てふ/\》
*濁点付きの二倍の踊り字は「/″\」
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秋の野に虫の声を聞く者、誰れか一種の幽味を感ぜざらん。渠《か》れ唯己がまゝに鳴くなり、而《しか》も人をして凄絶《せいぜつ》※[#「りっしんべん+宛」、第3水準1−84−51]絶《わんぜつ》ならしむ、詩人の天地に於ける亦固より彼の音響なり、渠れ唯己がまゝに歌ふ、其節奏は固より彼れの節奏なり、其音響は固より彼の音響なり、而して其|咨嗟《しさ》咏歎する所以《ゆゑん》のものも亦固より彼れの自ら感じ自ら知る所なり。而して聞く者之が為めに悲喜|交《こもご》も至る。吾れ其然る所以を知らずして、終に彼れの為に化せらる。詩人は固より哲学を有す、彼れは自己の宇宙観と人生観とを有す。然れども彼れは哲学者の如く論理に因つて之を得ざるなり。彼れは論理以上の者を有す。彼れは論理の媒介に因つて天地を解釈せず。彼れは不思議なる直覚を以て直《たゞ》ちに天地と人生とを見る。彼は見る人なり、論ずる人に非ず、彼は感ずる人なり、解釈する人に非ず。斯《かく》の如くにして天地は彼れの為めに黙示となり、人生は彼れの為めに神秘となる。是に於て乎《か》、彼れの歌ふ所は直ちに人心の深宮に徹す。
詩人は多く鳥獣草木の名を知る。詩人は自然の韻府なり。然れども彼れは科学者の如くに自然を分析する者に非ず。彼れは自然の意味を知る。花鳥風月、渾《すべ》て是れ自然が自己を彰《あら》はすべき形式たるに過ぎざるを知る。彼れは物質と機関との排列として自然を見る能はず、大なる意味、不思議なる運行を遂ぐる者として之れを見る。
是に於て乎、応《ま》さに知るべし、詩人は一の奇蹟なり。彼れは学校にて製造し得べき者に非ず、他人の摸倣し得べき者に非ず。彼れは詩人として生れたり、彼れは詩人の骨を有して世に出でたり。宇宙は自己を歌ふべき者を生みたるなり。「
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