場にでもしたものか、十畳ばかりの板敷で、薄暗いから何となく物凄いのだ、その傍《そば》の細い椽側《えんがわ》を行くと、茶席になるのだが、その間《ま》の矢張《やっぱり》薄暗い椽側《えんがわ》の横に、奇妙にも、仏壇が一つある、その左手のところは、南向《みなみむき》に庭を眺めて、玄関の方からいうと、六畳に四畳半に十畳というように列《なら》んでいる、その十畳というのが、客座敷らしい、私は初め其処《そこ》を書斎にしてみたが、少し広過ぎるので、次の四畳半に移った、六畳の方は茶《ちゃ》の間《ま》に当てたのである、転居した当時は、私の弟と老婢《ろうひ》との三人であったが、間もなく、書生が三人ばかり来て、大分|賑《にぎや》かに成《な》った、家の内は、先《ま》ずこんな風だが、庭は前《ぜん》云った様に、かなり広いが、これも長年手を入《はい》らぬと見えて、一面に苔《こけ》が蒸《む》して、草が生えたなりの有様《ありさま》なのだ、それに座敷の正面のところに、一本古い桜の樹があって、恰《あだか》も墨染桜《すみぞめざくら》とでもいいそうな、太い高い樹であった、殊《こと》に茶席の横が、高い杉の木立になっていて、其処《そこ》の破《こわ》れた生垣から、隣屋敷の庭へ行けるのだ、ところが、この隣屋敷というのが頗《すこぶ》る妙で、屋敷といっても、最早《もう》家はないのだが、頽《くず》れて今にも仆《たお》れそうな便所が一つ残っている、それにうまく孟宗竹《もうそうちく》の太いのが、その屋根からぬっきり突貫《つきぬ》けて出ているので、その為《た》めに、それが仆《たお》れないで立っているのだ、その辺《あたり》は、その孟宗竹《もうそうちく》の藪のようになっているのだが、土の崩れかけた築山《つきやま》や、欠けて青苔《あおごけ》のついた石燈籠《いしどうろう》などは、未《いま》だに残っていて、以前は中々《なかなか》凝《こ》ったものらしく見える、が何分《なにぶん》にも、ここも同じく、人の手の入《はい》った様子がないので、草や蔓《つる》が伸放題《のびほうだい》、入って行くのも一寸《ちょっと》気味が悪《わ》るいほどであった。
移って当座は、別に変った事もなかったが、その頃私は常に夜の帰りが遅いので、よく弟や老婆の云うのは、十二時過ぎた頃になると、門から玄関へ来て敷石の上を、カラコロと下駄の音がして人でも来たかのような音がすると云う
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