、決して発しなかった。彼は、初めから終りまで、冷笑とも微笑ともつかない薄笑いを唇の端に浮べながら黙ってきいていた。
 一座が、たわいもなく笑っても、彼のしっかりと閉された口は、容易にほころびなかった。
 が、ある問題で、一座が問い疲れて、自然に静かになった頃に、良沢はきまって一つ二つ問いただした。一座の者には、その質問の意味がわからないことさえ多かった。が、カピタンが通辞からその質問を受け取ると、彼はいつもおどろいたように目を瞠《みは》りながら、急に真面目な態度になって、長々と答えるのが常だった。
 一座の者は、良沢のそうした――彼一人高しとしているような態度を、少しも気に止めていないらしかったが、玄白だけは、それが妙に気になって仕方がなかった。
 つい、昨日もこんなことがあった。それはいってみれば、なんでもないことだが、カピタンのカランスが、座興のためだったのだろう、小さい袋を取り出して皆に示した。通辞は、カピタンの意を受けて、こんなことをいった。
「カランス殿のいわれるには、この袋の口を、試みに開けて御覧《ごろう》じませ。みごと開けた方にこの袋を進ぜられるとあるのじゃ」
 カランス
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