イバ》、大小の通辞たちも、みなのびのびとした気持になっていたので、会談がいつになく賑わった。とうとうおしまいに、カピタンが珍※[#「酉+它」、第4水準2−90−34]という珍しい酒を出して、皆を饗応した。
 その日は、良沢の顔が見えないほか、一座の者は、中川淳庵、小杉玄適、嶺春泰、鳥山松園など、皆医師ばかりであったので、対話は多岐にわたらずして、緊張していた。ことに、書記役《シキリイバ》の一人のバブルは、外科の巧者であったので、皆はバブルを囲んで、貪るように、いろいろな質問を発していた。
 ことに、嶺春泰は、刺絡の術を、熱心にきいていた。
 春の長い日が暮れて、オランダ人たちが食事のために退《ひ》いたとき、皆は緊張した対話から、ほっとしてわれに返っていた。彼らが急いで帰り支度にかかっている時だった。中川淳庵の私宅から、小者が赤紙の付いた文箱を持って、駆けつけてきた。
 淳庵は、その至急を示した文箱を、ちょっと不安な顔付で取り上げたが、中の書状を読んでいるうちに、彼の不安な顔は欣びで崩れてしまった。
「諸君! お欣びなされい! かねての宿願が叶い申したぞ。明日、骨《こつ》ヶ原で腑分《ふわ
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