に対するありがたい忠言だと思わずにはおられなかった。が、彼はあまりに触れられたくない急所に、相手が唐突《だしぬけ》に触れてきたことに、かなりな不快を感ぜずにはおられなかった。こっちが、半分は挨拶かたがたいっていることに、なんの容赦もなく、真剣に向ってきた相手に、ある不快を感ぜずにはおられなかったのである。

          二

 玄白が、蘭書ターヘルアナトミアを手に入れたのは、それから五日とは経たない頃だった。
 玄白の志は、元来オランダ流の医術にあった。彼が蘭語を学びたく思ったのも、それによって療術方薬に関する蘭書を読破したいためであった。
 従って、彼はターヘルアナトミアを、ある内通辞から示されると、彼は驚喜の目を瞠《みは》らずにはおられなかった。濃い赤と青とで彩られた、臓腑骨節の精緻な絵図を見ると、彼はそこに人体についてのすべての秘奥が、解き明かされてあるように思われた。その絵図と絵図との間に走っている、模様のようなオランダの文字は、一字も半字も読めなかったけれども、彼の心は激しい好奇と感激とにみたされずにはいなかった。彼は、心の底からそれに垂涎《すいぜん》した。価は、二十
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