ていた。

          五

 やがて、六人は打ち連れて、観臓の場所へ行った。
 刑場の一部に、蓆をもって粗末な仮小屋が設けられていた。手《しゅ》医師の何某《なにがし》が、三人の小吏と、二人の与力と一緒に待っていた。
 死体は、案のごとく、首だけは梟木の上にかけられている老婆のそれであった。老婆は青茶婆《あおちゃばば》といって、幾人となく貰い子を殺した大罪の女であった。若い時、艶名をうたわれたといわれるだけに、五十を越しているというにもかかわらず、白い肥肉《ふとりじし》の身体には、まだ少しの皺も見えなかった。
 刀《とう》を執る者は、虎松という九十に近い小吏だった。刑死人の死体の脂肪がにじみ出ているのではあるまいかと思われるような、赤黒い皮膚をした健《すこ》やかな老人であった。
 彼は、若い時から、腑分は幾度も手にかけ、数人を解いたことがあると自慢をした。
 究理のために勇み立っている六人ではあったけれども、その首のない、生白い無格好な死体を見た時に、皆は思わず顔を背けずにはおられなかった。目や鼻から受ける醜悪な感じで、六人の胸は閉された。が、良沢も、淳庵も、玄白も、必死な色を浮べて、そうした感じに堪えていた。
 老人の小吏は、磨ぎすました出刃を逆手《さかて》に持つと、獣の肉をでも割《さ》くように、死体の胸をずぶずぶと切り開いていった。まだ首が離れてから半刻と経っていない死体からは、出刃の切先の進むに連れて、かたまりかけている血がとろとろと滲み出た。
 胸が第一に切り割《さ》かれた。良沢も玄白も、ターヘルアナトミアの胸の絵図を開きながら、真っ赤に開かれていく死体の胸と、一心に見比べていた。
 それが、良沢と玄白とにとって、なんという不思議であっただろう。出刃の切っ先に切られていく骨の一つも、筋の一つも、肉の間に網のごとく走っている白い奇怪な線条も、白く浮き上っている脂肪も、びろびろと胸郭いっぱいに気味悪く広がっている肺も、左肺の下から覗いている真っ赤な桃の実のごとき心の臓も、ターヘルアナトミアの絵図と、一分一点の違いもなかった。
 良沢も玄白も他の四人も、深い感嘆のために、声も出なかった。
 続いて、腹が割《さ》かれた。そこに見|出《いだ》された胃、奇怪な形に蹲《うずくま》っている腸、胃の陰にかくれた名も知らぬ臓腑まで、オランダ図と寸分の違いもなかった。
 
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