士でござる。あのように御親切に悟されいでも、腹を切る覚悟は、平生からいたしてござる。今日か、ただしは明日か、時刻をさえ知らして下されば、それでたくさんじゃ」
 市左衛門の憤慨を頷きながらきいていた隊長は、彼の言葉の終るのを待って態度を改めた。
「それはとんでもないお考え違いじゃ。拙者の不念から、部下のもののいたした粗相じゃ。各々方にあのような不吉なものを見せて、なんとも申しわけがござらぬ。お気に止められるな。各々方を処刑、そのような御沙汰は気もないことじゃ。いや、昨夜も本営へ参ってきいた噂によれば、桑名藩の方は、主従ともなんのお咎《とが》めもなかろうとのことじゃ。あの獄門台でござるか……」
 そういって、彼は次のように話をした。
 ちょうど、有栖川宮の先発たる橋本少将、柳原侍従が、錦旗を擁して伊勢へ入ったと同時に、近江から美濃へ入った官軍の別働隊があった。彼らは、赤報隊と称して、錦の御旗を先頭に立て、二百人に近い同勢が、鎮撫使の万里小路《までのこうじ》侍従を取り囲んでいた。彼らの多くは、陣羽織に野袴を穿いて旧式の六匁銃などを持っていたが、右の肩口には、いずれも錦の布片《きれ》を付けてい
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