というからな。長州人と我々とは、元治以来、犬と猿のように啀《いが》み合っているからな。長州征伐の時、幕府の軍勢が浪花を発向の節、軍陣の血祭に、七人の長州人を斬ったことがござるじゃろう。あれは、桑名藩が蛤門の戦で捕えた俘虜だった。あれを長州人はひどく恨んでいるそうじゃから、あの轍で、征東の宮が伊勢をお通りになるときに、きっとわれわれは、その血祭というのになってしまうのだ」
 小助は、絶望したように、自棄《やけ》半分にいちばん彼らにとって不利な想像を喋り散らしていたが、みんなは、それを単に、小助の想像だと貶《けな》してしまうわけにはいかなかった。
 鎮撫使からの、手控えのうちに、「浪花ヨリ分散ノ諸兵」と、指摘されてある以上、それは彼らに対する有罪の宣告文であった。彼らが刑罰を受けなければならぬことは明らかだった。刑罰を受けなければならぬ以上、彼らは死を覚悟する必要があった。こうした乱世にあっては、死罪以下の刑罰は、刑罰ではなかったからである。
「あはははは、みんなこれじゃこれじゃ。覚悟をしておれば、何も狼狽《うろた》えることはない」
 十三人の中では、いちばん身分の高い築麻市左衛門が、左の手で首筋を叩きながら、快活に笑ったが、それに次いで、誰も笑い出す者はなかった。いや、市左衛門の笑い声までが、一種悲惨な調子を帯びて、消えて行った。
 格之介は、縁側の柱にもたれて、皆の話をきかぬような顔をしながら、そのくせいちばん気にしてきいていた。首だとか覚悟だとかいうような言葉が話されるごとに、彼の目の前が暗くなるような気持になっていた。
 彼はどう考え直しても、覚悟といったような心持を想像することができなかった。彼は殺されるという気持を、頭の中に思い浮べても、身震いがした。
 が、格之介が嫌がろうが嫌がるまいが、死は刻々、十三人の身の上に襲いかかってくるように感ぜられた。

          四

 翌二十八日は、朝から快く晴れた。春が来たことが、幽囚の人たちにも感ぜられた。寺が高地にあるために、塀越しに伊勢湾の波が見えた。波の面《おもて》までが、冬らしい暗緑色を捨てて、鮮やかな緑色に凪《な》いでいた。
 空を覆う樫の梢を[#「空を覆う樫の梢を」は底本では「空を覆樫の梢を」]洩れた日の光が、庭の蒼い苔の上を照らしていた。庭の右手には、建仁寺垣があって、垣越しに墓地が見えた。山か
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