た武士までが、ここへ来て以来、かなり沈んでいる。まして、最初からあまり勇敢でない新谷格之介が、心のうちで脅えきっていたのは当然である。
 最初、彼らは自分たちの境遇については、何も話さなかった。みんな注意して、それに触れるのを避けた。それに触れることが、誰にとっても不快であったからである。
「万之助様のお身の上は、どうなったであろう」
 彼らの一人がいった。
「本城の明渡しは、もう無事に済んだかしらん」
 他の一人がいった。
「紀州へ落ちた人たちは、あれからどうしたであろう。まさか、紀州家が見殺しにはしないだろう」
 第三の人がいった。
 彼らは、努めて自分たち以外の人々の身の上を心配しているように、お互いに見せかけた。が、そんなふうに話をし始めても、少しもはずまなかった。銘々自分自身、心のうちに自分たちの身の上を思う心が、暗澹としていたからである。
 一日経ち二日経ち、彼らの生死の不安がますます濃くなってくるにつれ、彼らはもう他人のことなどは、話している余裕がなくなっていた。
 二十七日の午後である。十三人の中では、いちばん軽輩の近藤小助という男が、とうとう口を切った。それは、皆が口に出したくて、しかも妙な外見から、口に出せなかった言葉である。
「時に、われわれは一体どうなるというのだろう。もう四日にもなるのに、なんの御沙汰もない」
 彼は、小声で同僚にそう話しかけた。が、異常に緊張している十二人の耳は、小助の囁きをきき落さなかった。みんなは、一斉に小助の方を見た。
「さあ! それじゃて」いちばん年輩の足軽小頭が、小助の問を受けて答えた。「もう、なんとか御沙汰があるはずじゃが、もしかすると、京都へいったん伺いを立てたのかな。もしそれだと往復四日かかるとして、御沙汰があるのは、今日か明日じゃて。もう、どんなに遅くても二、三日じゃ」
「首が飛ぶのがかい」
 小助は、蒼白い顔に苦笑をもらしながら、そういった。みんなは、じろりと小助の方を見た。その目には、不吉な不快な言葉を無遠慮に使う小助に対する非難が、一様に動いていた。
「いや、そうとは限るものか。朝廷の御主旨は万事御仁慈を旨とせられるというから、取るに足らぬ我々の命を召さるるはずはない、取越苦労はせぬものじゃ!」
 足軽小頭は、小助を窘《たしな》めるようにいった。
「いや、お言葉じゃが、鎮撫使の参謀には、長州人がいる
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