ら出てきたらしいひたき[#「ひたき」に傍点]が、赤と青の翼をひらめかしながら、午前中、墓石の上をあちこち飛び回っていた。
 墓地は、黒い板塀に囲われていた。塀の向うには、草が蒼みかけようとする広い空地があった。そこで時々、警護の鳥取藩士が、調練をしていた。
 一昨日あたりから、料紙硯《りょうしすずり》を寺から借りて、手紙を認《したた》めるものが多くなっていた。今日は、それがことに激しい。そうした手紙がどういう内容を持っているかは、みんなに分かっていた。
「木村氏、その後は拙者が拝借したい」と一人がいうと、
「その次は、拙者に」
 第三の人が、そばからいう。
 料紙と硯とは、次から次へと渡った。そうして、午前中に五、六人も手紙を認めた。が、格之介はそうした心持になることができなかった。彼は覚悟とか遺書とか、そうしたことをできるだけ考えまいとした。自分の頭がそうした方面へ走るのをできるだけ制止した。王道をもって、新政の要義としている朝廷が、妄《みだ》りに陪臣の命を取るようなことは、万に一つもないと考えようとした。また、もし我々が斬られるのなら、四日市の本営に呼び出されたあの晩か、遅くともあの翌日には、斬られているはずである。今まで、捨てておかれるはずはない。
 桑名藩を罰するというのなら、藩主の定敬《さだたか》公か、鳥羽伏見の戦いで全軍を指揮した森弥左衛門をでも斬るのが当然である。自分のような、五十石取の使番を。
 彼は、一生懸命にできるだけ有利に明るく考えようとした。が、同僚の誰彼が、遺書を認めているのを見ると、暗い穴の中へでも引きずり込まれるような、いやな心持がした。自分の明るい想像がめちゃめちゃに掻き乱されるのであった。
 午後のことである。格之介の前に立ちはだかって、じっと空地の方を見ていた徒士《かち》の木村清八が、独言《ひとりごと》のようにいった。
「ああ、あそこへ家が建つのだな。だんだん暖かくなるのだから、普請にはいい候《ころ》だな」
 木村の言葉をきく前から、格之介はそれに気がついていた。さっきから、材木を積んだ一台の車が、どこからともなく、空地へ引かれて来ている。その材木を、大工らしい男が三人、車から下している。
 ここに来てから、四日の間、ぼんやり床の間や天井や、庭や墓地などを見ていた格之介は、そうしたものに、かなり飽き飽きしていた。彼はこうして新しい
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