説「廃人」が載っているのを見た時、俺はあっと驚いたまま、しばらくは茫然とした。俺は鉄槌で殴られたような打撃を感じながら、まだ自分の視覚を疑った。どんなに評判がよくても、文壇の中央へ乗り出すのには間があるだろうと高を括っていたのは、俺の誤りだった。あいつは、俺のそうした予想を見事に裏切ってしまった。もう、あいつが流行作家で、俺が無名作家であることは、厳として動かすべからざる事実だ。俺は眩《まぶ》しいものを見るように、あの広告を見た。山野敏夫――という三号の活字が、さながら俺を嘲笑しているように感じた。題名の「廃人」は、作家としては「廃人」に近い俺を、モデルにしたのではないかとさえ思った。が、俺はこれほど反感を持っているあいつの作品が、一刻も早く読みたくなるから不思議だった。山野の作品を読むために「△△△△」を買うこと、換言すればあいつの作品のために「△△△△」が一部でも多く売れることは、考えてみれば少し不快だったが、それでも俺はあいつの作品が、読みたくて堪らなかった。
 俺は見たくもないものをおずおずと見るような心持で、あいつの作品を読んだ。読んでみると、あいつの作品は、俺の嫉妬や競争心
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