辞した。俺は、もうすっかり絶望していた。中田博士を通じて、俺が文壇に望みを繋いだのは、まったく俺の第二の誤算に近かった。俺はもう手を拱《こまね》いて、山野や桑田の華々しい出世を、見るよりほかにしようがないかも知れない。家へ帰ってから、しばらくは何も手につかなかった。偶然の機会が突発しない限りは、俺にはもうなんらの機会も、残されていないような気がする。
四月五日。
「×××」は、第二号を発行した。山野は「邂逅《かいこう》」という短篇を発表した。俺はまたそれを飛びつくようにして読んだ。そう佳作ばかりが、続くわけはないと思ったからである。が、俺の安心はすぐ裏切られた。手堅くしかも底光りのするあいつの技巧が、またぐんぐん俺をやっつけてしまった。ことに主題《テーマ》は前の「顔」のそれに勝るとも決して劣らぬほどの光ったものだった。俺は山野に対する反抗の角を折ろうかとさえ思った。俺のあいつに対する反抗は、凡人が天才に対して懐く無意味な反感で、まったく俺自身の心得違いではあるまいかと、思い直そうとした。が、山野の皮肉な笑顔を思い浮べると、すぐむらむらとした嫉妬と反感が俺の全身を襲う。俺はどうしても
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