した。そして、たとい小雑誌にせよ、活字になっている以上は、それはもう立派に完成された表現の形式である。それが文壇的に認められる、十分な機会を備えていた。ことに、文科大学生の同人雑誌として、どんなに新鮮な感興を、文壇の一角に、感ぜしめているかもわからなかった。俺は無名の作家たちが、文壇の流行児《はやりっこ》の悪口を思う存分にいい合って、自分たちの認められない腹癒《はらい》せをする場合を、考えることができた。俺と吉野君との会話も、ほとんどそれに近かった。それは弱者の弱い反抗に相違なかった。そう考えてくると、また空虚な感じに襲われた。それにしても中田博士は、俺の「夜の脅威」を、いつまで捨てておくのだろう。俺は、博士の無頓着に対して、軽い反感を懐かずにはおられなかった。

 三月十日。
 俺は、今日学校で佐竹君に会った時、
「おい君の長篇小説は、どうしたい」ときいた。すると、あの男は、暗い顔をちょっと明るくしながら、
「四百五十枚まで書いた。もう百五十枚書けばいい、この頃は創作熱がまるきり旺盛なのだ。毎晩三十枚を欠かしたことはない」と、昂然たるものがあった。
「どうしたい! 林田のところへ送っ
前へ 次へ
全45ページ中26ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
菊池 寛 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング