山野の『顔』はどうだい」ときいた。
「軽妙だ。しかしあんなものは、誰にだって書けるじゃないか。少なくとも江戸っ子には書けるね」と江戸っ子たる吉野君は昂然としていった。俺の良心は、吉野君のいっていることに、全然反対した。が、俺の感情は吉野君のいったことに満幅の賛意を表した。
「桑田君の『闖入者』もあまりよくないね。古い! まるで、自然主義から一歩も出ていないのだ」
 俺は段々心強くなった。俺は、今日ほど吉野君を尊敬したことはなかった。吉野君は、最後にこんなことを付け加えた。
「要するに高等学校の雑誌に、少し毛が生えた程度のものだよ。あれで、文壇に出ようと思っているのは、少し虫が良すぎるね。やっぱり、同人雑誌なんかに、いくら書いてもだめだよ。相当位置のある雑誌で、発表しなければだめだよ」と、吉野君は最後に自分の持論を繰り返した。俺は、吉野君の辛辣な批評をきいて、救われたような心持ちになった。
 が、吉野君が帰ってしまうと、俺はまた淋しい心持ちに襲われた。見ると、吉野君に散々叩かれた雑誌「×××」は、洋灯《ランプ》の暗い光のうちに放り出されてある。俺は、創作は黄金だといった山野の言葉を思い出
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