かけている戯曲「夜の脅威」は三幕物で、しかもわずかに七十枚の予定だ。しかも俺はそれはかなりの長篇と思っている。しかるに、この男は百五十枚の小説を短篇だといった上、まだこんなことをいった。
「実は今、僕は六百枚ばかりの長篇と、千五百枚ばかりの長篇とを書きかけているのだ。六百枚の方は、もう二百枚ばかりも書き上げた。いずれでき上ったら、何かの形式で発表するつもりだ」と、いうことが大きい上に、いかにも落着いている。自分の力作に十分な自信を持っていて、俺のように決して焦っていない。俺はこの男に威圧されると同時に、一種の頼もしさを感じた。京都にもこうした真摯《しんし》な作家がいるのだ。恐らくこの男の名前は、文芸雑誌などには、六号活字ででも出たことはあるまい。が、この男は黙々として長篇の創作に従事しているのだ。この男の書いたものを一行も読んでいないから、この男の創作の質については一言もいわないが、六百枚、千五百枚という量からいって、この男は何かの偉さを持っているに違いない。が、あの男はその次にこんなことをいった。
「僕は小説家の林田草人を知っている。あれは僕の国の先輩だ。今度文科へ入るについて、わざ
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