わざ上京してあの人と会ってきたのだ。快く会ってくれた上に、ばかに話がはずんでね。よく話の分かる人だよ。今度書き上げた百五十枚の小説も、実はあの人のところへ送っておくつもりだ。多分どこかへ、推薦してくれるから」
 俺は佐竹君をかなり尊敬し始めたが、これを聞くと少しこの人が気の毒に思われた。ただ同県人で一面識しかない林田草人を頼りにして、澄ましておられるこの人の呑気《のんき》さが、少し淋しかった。まったく無名の作家たる佐竹君の百五十枚の小説を、林田氏の紹介によっておいそれと引き受ける雑誌が中央の文壇にあるだろうか、また門弟でもなんでもない佐竹君のものを、林田氏が気を入れて推薦するだろうか? あの人は、投書家からいろいろな原稿を、読まされるのに飽ききっているはずだ。こんな当てにならないことを当てにして、すぐにも華々しい初舞台《デビュー》ができるように思っている佐竹君の世間見ずが、俺は少し気の毒になった。実際、本当のことをいえば、文壇でもずぼらとして有名な林田氏が、百五十枚の長篇を読んでみることさえ、考えてみれば怪しいものだ。佐竹君の考えているように、すべてがそうやすやすと運ばれて堪るものかと
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