名によって、学課や教室を無視することができた。しかるに、ここの文科の教室の空気は、極度に散文的だ。一人として芸術の話をするやつがいない。高等学校出身の人たちは、たいてい病身のために文科を選んだとか、哲学科で一年落第したために、文科へ転じたという連中だ。高師出身の者にも、入学資格があるために、彼らは学士号を得るために、丹念にノートを作っているのに過ぎないのだ。文科的に自由な清新な空気は教室のどこにも存在しなかった。こんな連中を前にして、文学がどうの、芸術がどうのといっている中田博士は、まるきり豚に真珠を撒いているようなものだ。俺は、博士が気の毒になった。
十一月五日。
俺は今日偶然、同じクラスの佐竹という男と話をした。俺は今までクラスのやつをすっかり軽蔑していたが、あの男だけは決して俺の軽蔑に値していないことを知った。つい俺が創作の話を持ち出すと、あの男は突然こんなことをいった。
「僕も、実は昨日百五十枚ばかりの短篇を、書き上げたのだが、どうもあまり満足した出来栄えとは思われないのだ」と、いかにも落ち着いた態度でいった。百五十枚の短篇! それだけでも俺はかなり威圧された。俺が今書き
前へ
次へ
全45ページ中13ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
菊池 寛 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング