。吉野君は、昔の夢をよほど誇張しているのだ。なんでもあの頃、「文学世界」の当選小説ばかりをあつめた短篇集が世に出たことがある。その標題に、新進作家という肩書きが付いていたように記憶する。が、投書家として栄えたことを、一かどの作家でもあったように幻想して、楽しんでいる吉野君に対して、俺は気の毒のような淋しいような気がした。しかし、俺は吉野君に会ってから、なんだか頼もしいように思い出した。少年時代に十分な才華を輝かしたあの人が、また少しも出られないでいる。それを思うと、俺は少し安心した。
 が、この大学の文科の連中は、どうしてああ揃いも揃って救われない人間ばかりが集まっているのだろう。ことに俺のクラスのやつらはひどい。広島の高師を出てきたという男は、昨日教師が黒板に書いた仏の詩人ボードレールの名を、バウデレアとドイツ読みにして、得々としていやがった。もう一人の男は中田博士の質問に答えて、「モンナ・ヴァンナ」はメーテルリンクの小説だと答えていた。俺はやつら全体を軽蔑してやる。高等学校にいた頃には、教室も寄宿舎も、すべてが文芸至上主義で一貫されていた。芸術の名によって、すべてが許された。芸術の
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