外明るいものになるかも知れないから。
俺は今日偶然、吉野辰三君に会った。高等学校では、俺より一年上で、やっぱり京都の文科に来ているんだ。吉野君と話してみると、文壇に出ようと※[#「足へん+宛」、第3水準1−92−36]《もが》いている者は、決して俺一人でないことを知って少しは安心した。吉野辰三! 以前、俺はあの人をどんなに崇拝したか分からない。明治四十年頃の「文学世界」の読者にとって、あの人の名はどんなに輝き、どんなに魅力を持っていただろう。田山花袋選の懸賞小説に幾度も投書して、成功しなかった俺は、吉野君の華やかな活躍ぶりをどんなに羨望したかわからなかった。
が、天才とまで激賞された吉野君は、その後「文学世界」の投書をよしてから、もう何年になるかも知れないが、杳《よう》として文壇に名を現す所がない。文学志望を廃したのかといえば、そうでもない。現に文科にいて、文壇に出る機会を待っている。が、その機会はこの人に容易に与えられそうもない。話してみると、吉野君も猛烈に焦っている。が、あの人が、「僕だって、これでも新進作家といわれたことがあるんだからな」といった時には、俺は少し淋しい気がした
前へ
次へ
全45ページ中11ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
菊池 寛 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング