しい。締切は一月三十日限だ。まあ刮目《かつもく》して、僕たちの活動ぶりを見てくれ給え。僕たちは本当に黎明が来たという気がする)
 おしまいまで読み終った俺は、烈しい嫉妬と憤《いきどおり》とを感ずると同時に、突き放されたような深い淋しさを、感ぜずにはおられなかった。
 この手紙のどこにも、君も同人になってはどうかとか、君も書いてはどうかというような文句は、破片さえも入っていないのだ。すべては山野の遊戯的な悪意から出た手紙だ。同人雑誌の発行を、凱旋的《トライアンファント》に報じて孤独に苦しんでいる俺を、あくまで傷つけてやろうという彼の性質《たち》の悪い悪戯だ。同人に加えない俺には、少しも必要のない初号の締切期日などを報じて、俺を苛だたしてやろうというあいつの悪意が、歴然と見え透いている。
 山野が予期していたよりも以上に、この手紙は俺を傷つけた。京都へ来てからまだ半年にもならない間に、俺と東京に残した友達との間に、早くもある間隔が作られつつあることを悲しまずにはおられなかった。同人雑誌の出版! それはどんなに華々しいことであろう。文壇に時めいている我々の先輩たる川崎も、矢部も、辻田も、初めは雑誌「×××」の同人としてその若々しい名を、文壇に認められていったのだ。山野や桑田が認められる順番も、もう決して遠き未来ではない。山野、桑田はもちろん、俺とは天分において、あまり相違はないと思われる岡本や川瀬や杉野でさえ、これでもう的確に、文壇に打って出る第一歩を踏み出しているのだ。しかるに俺は、山野が手紙の中にあれほど軽蔑した「文学研究」を唯一の本領として、独りぼっちで、捨てられているのだ。
 俺は、山野や桑田が俺を同人から除外したにしろ、俺とはかなり親交のある川瀬や杉野までがなんらの好意を示してくれなかったことを、恨まずにはおられなかった。
 俺は山野の手紙をずたずたに引き裂くと共に、絶望的な勇気を振い起した。彼らが同人雑誌で打って出るのなら、俺は単独で出て見せる。そして彼らの鼻をあかして、あっといわせてやろう。がそう決心しているうちにも、深い淋しさがひしひしと俺に迫ってきた。俺に独力で出る力があるか、俺は自分の天分を、それほどまで信ずることができるだろうか。俺が、山野や桑田などに反感を懐いて、彼らを遠ざかれば遠ざかるほど、文壇に出る機会から遠ざかっているのではあるまいか。今度でも杉野にでも泣きついて、同人に加えてもらう方が、俺にとって得策ではあるまいか。が、俺をばかにしきっている山野は、「富井などが、同人になるのなら、俺は差し控えた方が、いいかも知れない」ぐらいの毒言は必ずいうに決っている。そうなれば、かえって恥をかきに出るようなものだ。俺はやっぱり、独立してやってみよう。「夜の脅威」を書き上げたら、早速中田さんに見てもらうのだ。彼らが、同人雑誌などでもがいているうちに、俺のものは一躍して相当な文学雑誌に紹介される。俺は、それを考えていると、手紙を読んだ時に受けたむしゃくしゃ[*「むしゃくしゃ」に傍点]が、少しは癒えていくような気がした。
 そこへひょっくり吉野君が訪ねてきた。俺は、早速東京の連中が、同人雑誌を出すことを話した。俺の口調はまったく平静を欠いていた。が、吉野君は、いつものように「朝日」を悠然と吸いながら、「なに君! 同人雑誌などへは、いくら書いても仕方がないものだよ。やっぱり大きい雑誌に書かなければだめさ。まあ桑田君などに、大いにやらせてみるのだね。そうお安くは問屋で卸さないから。僕は、同人雑誌などで、騒がないで、いいものができれば、『文学世界』あたりへ持ち込むよ。昔の縁で、嫌とはいうまいから」
 俺は、吉野君が、同人雑誌を貶《けな》しつけるのをきいて、いくらか安心した。そして心のうちで山野らの「×××」が、一日も早く廃刊することを祈った。そして「×××」が、なるべく文壇から注目されないことを祈った。実際俺は、俺の全人格をもって、同人雑誌「×××」を呪っていたのだった。

 一月三十日。
 俺は、今宵初めて中田博士を自邸に訪うた。俺は感激にみちていた。が、考えてみれば、感激した俺の方がばかだったのだ。中田博士の方からいえば、ただ一人の学生の訪問を受けたのに過ぎないのだ。
 俺は、挨拶が済むとすぐ、俺の脚本を出した。
「ぜひ一つ御覧になって下さい。できはあまりよくありませんが、処女作ですから」
「なるほど」と、博士は顔の筋肉一つ動かさずにいった。そして、ちょっと二、三枚めくって見てから、「いずれ拝見しておきましょう」と、静かに付け加えた。俺が、山野らの同人雑誌に対抗するために、懸命の力を注いだ力作を、博士はなんの感激もなしに、俺の手から受け取った。俺はそれがかなり淋しかった。
「よかったら、どこかの雑誌へ」と、そんなことは、口
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