与力同心が調べて罪科が定まった者は、奉行が判決を下すことになっていた。越前が、長吉の調書を見たとき、「此者は本所《ほんじょ》緑町《みどりちょう》に住まっているが、町民の間では義賊と云う噂がある。同人から、金銭を恵まれたる貧民は、数限りもないほどである」と云う備考書がついていた。
 本来ならば、佐渡送りの罪科であるが、その備考書に、心を動かされた彼は、三年位の島送りにしてやろうと思っていた。
 が、直接白洲で本人の顔を見た時、越前の心は更に動いたのである。色白のやさ男で、呉服屋の手代のような顔をしている。手代と云って、手代の中でも武家屋敷へでも、出入りする位の品格を持っていた。が、その事よりも長吉の人相が、越前が頭の中に思い浮べた隠徳の相の一つに、あまりにもピッタリしているのである。

[#ここから1字下げ]
「顔色ハ白黒ヲ問ハズ眼中涼シクシテ、憂色ヲフクミ左頬ニヱクボアリ、アゴヤヤ長シ」
[#ここで字下げ終わり]

 隠徳の相として挙げられているのは、三項ある。これが、その一項で、長吉はそれに、寸分の隙《すき》もなく、あてはまっているのだ。
 なるほど、これなら近所の貧民に恵んでいる筈だと思った。平素は、こうした軽罪のものに、ただ判決文をよみきかせるだけであるが、長吉の場合、越前は相手と話して見たくなったし、出来ることなら教化して、その当時の言葉で云えば、真人間にしてやりたいと思った。
「長吉とやら、何歳になるか」
 と、越前が話しかけたので、列座している与力達は、びっくりしていた。奉行は、直接に犯人に話しかけるなど、稀有《けう》であるからである。
「へい、二十五でございます」
 言葉つきも尋常である。
「両親はないか」
「ございません」
「いつ別れた?」
「父は十一歳の時存生して居りました。母は覚えて居りません」
「近隣の貧しい者達に、時々金銭を合力していたのか」
「へい。おはずかしうございます。時折、煙草銭《たばこせん》ぐらいは……」
「うん、何人ぐらいに……」
「覚えて居りません、ホンの四、五人でございます」
 こう云う善事を訊《き》いてやると、大抵犯人は得意になって誇張するものである。が、彼はアッサリしたものである。
「二分とか一分とか、まとまったものを与えたことはないか」
「あるようでも、ござりまするが、忘れました」
「いや、盗みとった金を貰《もら》ったか
前へ 次へ
全10ページ中4ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
菊池 寛 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング