たいへんな、ハリキリ方である。それで、越前も仕方なく、
「拙者、今月は月番でござるから、来月になりましたら改めてお願いに参る」
 と、その場は話を打ち切った。越前は、そのままにするつもりでいたところ、月が更《かわ》ると、左膳の方から、いきなり押しかけて来た。
 来られて見ると、越前も否応なく左膳の講義をきかないわけには行かなかった。
 聴いて見ると、なかなか興味があるので、越前も耳をかたむけた。
「お忙しい貴殿だから、肝心な要点だけをお伝えしよう」
 と云う前置きで、左膳の教え方は、なかなか実際的であった。召使いの男女などを連れて来させて、臨床的《ポリクリ》な講義だった。
 左膳は、三日にあげずやって来た。越前が、拙者の方からお邸へお伺いすると云ってもきかなかった。
「いや、貴殿が日々のおさばきに、人相を利用して下さると云うことは、われわれ人相学者にとっては、大慶至極な事じゃ。これで、人相学も世に行われ、貴殿の名奉行ぶりも一段と冴《さ》えて来る。拙者としても、こんな教え甲斐のある相手はない」
 と、左膳は、同じことをいく度もくり返して云った。
 左膳も、相手の熱心さにつられて、ついつい深入りをした。翌月は、南の月番であったが、左膳は、
「夜中でもお伺いしてもよろしい」
 と、云い出したので、越前の方から、
「三と七の日は休みでござればその日……」
 と云わずに居られなかった。
 こうして、二月半ばかり、左膳の教授を受けたが、もう左膳の方には教えることがなくなった。
「御存じだと思うが、仏教の方で瀉瓶《しゃへい》と云う言葉がある。瓶《かめ》の水を瀉《うつ》し更《か》えるように、すっかり伝えてしまうことである。貴殿に対する拙者の人相教授も瀉瓶だった。普通の人相見は、人相を見ても、実際その人間の性根や行状を調べることが出来ないから、自分の鑑定の当否を知ることが出来ない。ところが、貴殿はそれが出来る。貴殿に、そのお志があれば、天下第一の人相見になれるだろう」
 と、左膳は云った。越前は、その善意なおだて[#「おだて」に傍点]を苦笑しながら聞いていた。
 が、越前は、聡明《そうめい》な人間であっただけに、板倉重宗《いたくらしげむね》が原被両告の訴えを聴くときに、その人物風体から、先入観を与えられることを怖れて、障子を隔てて聴いたように、越前も人相に依って犯人に対する先入観を形
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