云う大金を蒐《あつ》めて、村中で一番物がたいその老人に、あずけて江戸へよこした。所が、その金を盗まれたので、申訳ないと云うための身投げでございました」
「そちが、その金を才覚してやったのか」
「五日と云う期限を切って、その間に盗み集めてやりました。御奉行さまの前ですがあのときほど、盗みが面白かったことはございません」
越前は、苦笑していたが、
「長吉よく物を考えて見よ、その老人が生命《いのち》を失おうとしたのは、その老人の金を盗んだ盗人の故ではないか。そちも、人の金を盗むことで、その人の生命を奪っていることもあるのだぞ。盗みと云うことが、悪事であると云うことがそれで分らないか」
と、云った。
長吉は、また地面に伏しながら、
「御尤もでございます。が、御奉行さまのお言葉を返すようでございますが、私は金持のお武家や町人ばかりを狙っていますので、その金で向う様が、首を吊るとか身を投げるとか……」
と、云いかけるのを越前はさえぎって、
「よし分った。そちを、再度ゆるしてやるについては、江戸お構いにしよう。そちは江戸にいることがいけない。わしの知行所である越前へ送ろう。が、庄屋へ添状をつけてやるから、百姓をいたすがよかろう。わしの知行所の村は、わしが貧乏人の出来ないように、数年来心を用いたから、お前が恵んでやりたいような貧乏人もいない、またそちが金を取りたくなるような金持もいない筈だ。その上、ここ十数年来盗難など一度もない、もし今度あったら、直ぐそちがやったと云うことになる。どうだ、長吉、そこへ行って見るか」
「怖れ入りました。ありがとうございます」
と、長吉は、容易に頭を上げなかった。越前は、木鼠長吉を再び笞刑に処した。もし、老中などから異議があっても、堂々と申し開くだけの自信があった。
ただ、あまりに人相の鑑定がピッタリ当ったうれしさに、相手をあまやかしているのではないかと云う、自分自身の反省には、しばらくの間悩まされたのである。
底本:「捕物時代小説選集6 大岡越前守 他7編」春陽文庫、春陽堂書店
2000(平成12)年10月20日第1刷発行
底本の親本:「新今昔物語」芝書店
1948(昭和23)年
入力:岡山勝美
校正:noriko saito
2009年9月10日作成
青空文庫作成ファイル:
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