れないと思う。わしは、もう一度長吉をゆるして見ようと思う」
同心達も、越前のふかい考え方に賛成した。
間もなく、判決の日が来た。
越前の前に、引き出された長吉は、面目なげに、うつむいたままである。
越前は、いつもの通り、しずかに云った。
「長吉面をあげい……」
「へえ、へえ、申しわけございません」
と、一度あげた面をまた地に伏せてしまった。
「死罪は、覚悟しているだろうな」
と、越前が云うと、
「御奉行さまのお言葉にそむきました上は、はりつけでも獄門でもどうぞ、御存分に……」
長吉は、面をあげながら云った。
「そんなに盗みがしたいのか……」
「半月ばかりも辛抱しましたが、どうもダメでございました。へえ、へえ」
「うむ」
越前は、じっと長吉の顔を見ていたが、彼の顔の隠徳の相は、いよいよハッキリと浮び上っているのである。
「ところが、長吉、もう一度お上の慈悲を受けることになったぞ……」
と、云ったが、長吉は手をふるかわりに、縛られている身体を左右にふりながら、
「お奉行そりゃいけません。二度でも、三度でも同じことです。生かして置いて下さると、またやります。同じでございます。どうぞ、スッパリとやって下さいませ。その方が、私も気持がよろしゅうございます」
空威張や、てらい[#「てらい」に傍点]で云っているのではなく、心からそう云っているのだった。
「いや、そうはいかぬ。下郎のそちに、仔細《しさい》は云えぬが、そちの命が助かるようになっているのだ。長吉、そちはよほど、人に善根を施しているのだな」
「善根とは……」
「人に情をかけたことじゃ。そちは、よほど人を助けていると見えるぞ。ありていに、云って見たらどうだ」
「こんなケチな野郎に、たいした事は、出来ません。ホンの煙草銭ぐらいは……」
「いや、そうじゃあるまい。お前の恩を、泣いて喜んでいる者が、いく人か居るに違いない。思い出して見い」
「いやア……」と、云いかけたが、さすがにそのままだまって考えていた。
「思い出すだろう、かくさず云って見い」
と越前は催促した。
「そうでございますなア。こんなに、よろこんでくれるのなら、これからもまた、人に金をやろうと思ったことが、一度ございます。二年ばかり前でございましょうか、十一月も末のある晩、四つ頃(十時)でございましたろう、永代橋《えいたいばし》の上を通りかかり
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