納豆合戦
菊池寛

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【テキスト中に現れる記号について】

《》:ルビ
(例)眼《め》をさまして

|:ルビの付く文字列の始まりを特定する記号
(例)七時|頃《ごろ》
−−

        一

 皆さん、あなた方は、納豆売の声を、聞いたことがありますか。朝寝坊をしないで、早くから眼《め》をさましておられると、朝の六時か七時|頃《ごろ》、冬ならば、まだお日様が出ていない薄暗い時分から、
「なっと、なっとう!」と、あわれっぽい節を付けて、売りに来る声を聞くでしょう。もっとも、納豆売は、田舎《いなか》には余りいないようですから、田舎に住んでいる方は、まだお聞きになったことがないかも知れませんが、東京の町々では毎朝納豆売が、一人や二人は、きっとやって来ます。
 私は、どちらかといえば、寝坊ですが、それでも、時々朝まだ暗いうちに、床の中で、眼をさましていると、
「なっと、なっとう!」と、いうあわれっぽい女の納豆売の声を、よく聞きます。
 私は、「なっと、なっとう!」という声を聞く度《たび》に、私がまだ小学校へ行っていた頃に、納豆売のお婆《ばあ》さんに、いたずらをしたことを思い出すのです。
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