うじ》に置き給うた。官軍がこの地に本営を置いた事は、策戦の上でどれ程有利な結果を来したか知れないのである。海陸運輸の便があり、嘗《か》つて、北条氏、足利氏等の九州征略の際にも、博多はその根拠地となった程である。薩軍にして、若《も》し早く此地を占めて居たならば、戦局は、多少異った方面に発展したに相違ない。
 此役に於ける官軍の編成は、旅団が単位であるが、一個旅団は二個連隊、四個大隊であり、之に砲工兵各々一小隊が加って、総員三千余人だった。最初野津少将の第一旅団、三好少将の第二旅団、総兵四千ばかりに、熊本鎮圧、歩兵第十四運隊の凡そ二千余が加って居た。勿論これで薩軍に対抗は出来ないから、間もなく、
[#ここから3字下げ]
第三旅団 三浦少将
第四旅団 曾我少将
別働第一旅団、同第二旅団、大山少将
別働第三旅団 山田少将
[#ここで字下げ終わり]
 等の編成が行われ、諸軍合せて、歩兵は五十五大隊、砲兵六大隊、工兵一大隊、騎兵及|輜重《しちょう》兵若干、それにこの戦に特別の働があった警視庁巡査の九隊、総員|凡《およ》そ五万人である。
 兵器は、薩軍の多くが口装式の旧式銃であるのに対して、底装式、
前へ 次へ
全24ページ中5ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
菊池 寛 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング