略を官軍の本営に伝えたいと思った。そこで川村少佐に相談した処、少佐は計介の為人《ひととなり》を知って居たから、この重大任務遂行の使者として、之を少将に推薦した。計介は任務重大であって、その任でないと固辞したが、一度引受けるや、死をもって遂げる事を誓った。顔から手足まで、煤《すす》を塗って人相を変え、夜陰に乗じて城を抜け出し、南関へ行こうとして、忽ちにして捕えられた。しかし必死の計介は、監視の薩兵が居眠りして居る隙に、爪で縄を断ち切って逃れた。この辺一帯、薩軍の眼が光って居るので、風の声にも心許さず、やっと吉次山中まで潜り込んだ処を、再び捕えられた。異様の風体で、山中を徘徊《はいかい》して居たものだから、てっきり官軍の間諜と目星を指されて、追究|拷問《ごうもん》至らざるは無しである。計介苦痛を忍びながら、佯《いつわ》って臆病な百姓の風を装ったので、幸い間諜の疑いは晴らされたが、その代り人夫として酷使される事になった。西南の役始終を通じて、官薩両軍ともに、戦闘員の外に、非常に多くの人夫を使役した。ただでは計介も許されなかったわけである。しかし此処でも、うまく敵の目を掠《かす》めて、漸く官軍
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