前の名を書くやつなんかありゃしねえじゃねえか。
九郎助 ほんとうに書いたか。
弥助 書いたとも、俺よりほかに誰が書くと思う。
九郎助 手前、うそをつくと叩っ切るぞ。
弥助 論より証拠、お前の名が一枚出たじゃねえか。
九郎助 (先刻、丸めた中より忙しく一の紙片をよりだしながら)これを手前が書いたというのか。仲間の中で能筆の手前が、こんな金くぎの字を書くか。
弥助 ううむ。(狼狽する)
九郎助 これでも書いたというのか。
弥助 兄い、かんにんしてくれ。兄いわるかった! うそをついた俺を叩っ切ってくれ!
九郎助 (脇差に手をかける、が、すぐ思い返す)よそう。たった一人の味方と思う手前にだって、心の中では意気地なしと見限られている俺だ。手前を叩っ切ったって何にもなりゃしねえ。
弥助 だが不思議だな。俺が、書かないとしたら、それを誰が書いたんだろう。
    (弥助紙片をみつめる。九郎助あわてて丸める)
弥助 誰が書いたんだろう。(ふと、気がつく)兄い、まさかお前が自分で書くようなけちな真似はしねえだろうな。
九郎助 なな何をいう。(ふと気が変って急に泣く)弥助かんにんしてくれ。意気地なしの卑怯
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