束したるごとくにっこり笑う)
九郎助 ありがてえ。
    (九郎助筆を取る。煩悩の情ありありと顔に浮かび、しばらく考え込む)
浅太郎 おい、爺さん。早く筆を回してくんねえか。
九郎助 何だと!
浅太郎 考えるなら、筆をほかへ回してくれ!
九郎助 黙っていろ、いらねえ口をたたくなよ!
    (九郎助、憤然として筆を下ろす)
才助 爺さん、俺にかしてくれ。
九郎助 ほら。(筆を投げる)
    (才助、それを受取り、弥助のそばへ行く)
才助 なあ、弥助兄い! 字を教えてくれ。
弥助 教えてやる! 何という字だ。
才助 (弥助の耳のそばで何かささやく)――。
弥助 よし、こう書くんだ。(指先で、才助の持っている紙面の上に書いてやる)
才助 分かった。ありがてえ。
    (みんな、つぎつぎに書き終える)
喜蔵 さあ、みんな書いたか。まだ書かねえ人はねえか。(周囲を見回す) よし、みんな書いたのだな。親分、みんな書きました。
忠次 われ、読み上げてみねえ。
喜蔵 よし、合点だ。
    (皆は、緊張して目をかがやかし、壼皿を見つめるような目付で、喜蔵の手元を睨んでいる)
喜蔵 (折った紙片
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