い。こんな青二才のいうことを聞いちゃ、だめじゃねえか。籤引きだって、ばかな。もし籤が十蔵のような青二才に当ってみろ、親分のお伴どころか、親分の足手まといじゃねえか。籤引きなんて俺まっぴらだ。こんな時、いちばん物をいうのは腕っ節だ! なあ、親分! くだらねえ遠慮なんかしねえで、たった一言嘉助ついて来いっ! といっておくんなせい!
喜蔵 嘉助の野郎、大きいことをいうない。腕っ節ばかりで、世間さまは渡れねえぞ。まして、これから知らねえ土地を遍めくって、上州の国定忠次でございといって歩くには、駆引き万端の軍師がついていねえことには、動きはとれねえのだ。いくら手前が、大めし食いの大力だからといって、ドジばかりを踏んでいちゃ旅先で飯にはならねえぞ。
九郎助 (今まで黙っていたが)腕っ節だとか駆引きだとか、そんなことをいっていちゃ限りがねえ。こんなときは盃をもらった年代順だ。それが、まっとうな順番だ。盃をもらったのは、俺がいちばん古いんだ。その次が弥助だった。なあおい!(弥助の方を見る)
浅太郎 九郎助じいさん、何をいうんだい。葬礼のお伴じゃねえんだぞ。年寄ばかりがついていて、いざとなった時はどうするんだ。
九郎助 手前たちにそんな心配をさせるものか。こう見えたって稲荷の九郎助だ。
浅太郎 その睨みが、あんまり利かなくなっているのだ。まあ、父さん、そう力みなさんなよ。
九郎助 この野郎!
喜蔵 けんかをしちゃいけねえったら!
牛松 親分、俺あお伴はできねえかね。俺あ腕っ節は強くはねえ。また喜蔵のように軍師じゃねえ。が、お前さんのためには、一命を捨ててもいいと心の内で、とっくに覚悟をきめているんだ……。
三、四人 何をいいやがるんだ。親分のために命を投げ出しているのは手前一人じゃねえぞ。ふざけたことをぬかすねえ。
(牛松しょげて頭をかきながら黙ってしまう)
忠次 お前たちのように、そうザワザワ騒いでいちゃ、何時が来たって果てしがありゃしねえ。俺一人を手放すのが不安心だというのなら、お前たちの間で入れ札をしてみたらどうだい。札数の多い者から、三人だけ連れて行こうじゃねえか。こりゃいちばん恨みっこがなくていいだろうぜ。
喜蔵 こいつあ思付きだ。
浅太郎 そいつは趣向だ。
三、四人 なるほど、名案だな。
忠次 じゃ一つ入れ札できめてもらおうかな。
四、五人 ようがす。合点だ。
(吉蔵、にぎりめしを入れた、大きいざるを持って出てくる)
吉蔵 親分、めしが来ましたぜ。
忠次 こいつはいいところへ来た。みんなめしを食いながら誰を入れるか思案をしてもらうのだ。
(吉蔵、めしをみんなに配る)
吉蔵 さあ、みんな二つずつだぞ。沢庵は、三切れずつだ。
みんな ありがてえ、ありがてえ。
喜蔵 久し振りに、あたたかいめしが食えらあ。
忠次 (にぎりめしを手にしながら)俺、水が飲みてえや。
吉蔵 水なら、半町ばかり向こうに流れがありますぜ。
忠次 そうか、じゃ行って飲んでこよう。
吉蔵 とってもねえ、いい水だよ。
三、四人 じゃ俺たちも行ってこよう。
浅太郎 俺も、顔を一つ洗いたいや。
(みんな、どやどやと流の方へ行く。後には九郎助と弥助だけがのこる)
九郎助 (にぎりめしを、まずそうに食ってしまった後)ああいやだ、いやだ。どう考えてもおらあ入れ札はいやだな!
弥助 なぜだい、兄い!
九郎助 入れ札じゃ、俺三人の中へはいれねえや。
弥助 そんなにお前、自分を見限るにも当らねえじゃねえか。忠次の一の子分といえばお前さんにきまっているじゃねえか。
九郎助 上辺《うわべ》はそうなっている。だが、俺、去年、大前田との出入りの時、喧嘩場からひっかつがれてから、ひどく人望をなくしてしまったんだ。それが俺にはよく分かるんだ。上辺は兄い兄いと立てていてくれても、心の底じゃ俺を軽んじているんだ。入れ札になんかなってみろ! それが、ありありと札数に出るんだからな。
弥助 ……。
九郎助 何ぞといえば、俺を年寄扱いにしやがるあの浅太郎への意地にだって、俺捨てて行かれたくねえや。
弥助 もっともだ。だが、心配することはいらねえや。お前が落っこちる心配はねえ。
九郎助 そうじゃねえ。怪しいものだ。どうも俺に札を入れてくれそうな心当りはねえや。
弥助 並河の才助がいるじゃねえか。あの男はお前によっぼど世話になっているだろう。
九郎助 いやあ、この頃の若いやつは、恩を忘れるのは早いや。あいつはこの頃じゃ、「浅兄い浅兄い」と、浅にばかりくっついていやがる。
弥助 ……。
九郎助 俺、こう思うんだ。浅には四枚へいらあ。喜蔵には三枚だ。すると後に四枚残るだろう、その四枚の中で、俺二枚取りていのだ。お前は俺に入れてくれるとして。
(九郎助じっと弥助の顔を見る)
弥助
前へ
次へ
全5ページ中3ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
菊池 寛 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング