す)京歌舞伎の名折れにもなること、うむ! なんの仕負けてよいものか。ははは……が、近松様も、この藤十郎を思わるればこそ、いかい御心労じゃ。
千寿 (言葉も女の如く)さようでござりますとも、こんどの狂言には、さすがの近松様も、三日三晩、肝胆を砕かれたとのことじゃ。ほんに、仇やおろそかには思われぬわいのう。
弥五七 (道化方らしく誇張した身振りで)さればこそ前代未聞の密夫《みそかお》の狂言じゃ。傾城買《けいせいかい》にかけては日本無類の藤十郎様を、今度はかっきりと気を更えて、密夫にしようとする工夫じゃ。傾城買の恋が春の夜の恋なら、これはきつい暑さの真夏の恋じゃ。身を焦がすほど激しい恋じゃ。
四郎五郎 夏の日の恋というよりも、恐ろしい冬の恋じゃ。命をなげての恋じゃ。
三十郎 命がけの恋じゃとも。まかり違えば、粟田口で磔《はりつけ》にかからねばならぬ恐ろしい命がけの恋じゃ。
源次 昨日も宮川町を通っていると、われらの前を、香具売《こうぐうり》らしい商人が二人、声高に話して行く。傾城買の四十八手は、何一つ心得ぬことのない藤十郎様が、密夫の所作を、どなに仕活《しいか》すか、さぞ見物衆をあっといわせ
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