教えを乞うてみると、自分で工夫が肝心じゃと、いわしゃれた。さあ、幕の開く前に、もう一度稽古に付き合うてたもらぬか。
源次 おお安いことじゃ。何度でも付き合おう。藤十郎どのに、工夫を尋ねるといつも、強《きつ》い小言じゃ。みんな自分で工夫せいとはあの方の決まり文句じゃ。
四郎五郎 おお一昨年のことじゃ、山下京右衛門が、江戸へ下る暇《いとま》乞いに藤十郎どのの所へ来て、わがみも其許《そこもと》を万事手本にしたゆえに、芸道もずんと上達しましたといわれると、藤十郎どのはいつものように、ちょっと顔を顰《しか》められたかと思うと、「人の真似をする者は、その真似るものよりは必定劣るものじゃ。そなたも、自分の工夫を専一にいたされよ」とにこりともせずに真っ向からじゃ。あの折の京右衛門どののてれまき方を、思い出すと今でも可笑《おか》しくなるのじゃ。
源次 藤十郎どのから、お小言を食わぬ前に、もう一工夫してみよう。
四郎五郎 (急に芝居の身振りをなし)これさ、どっこいやらぬ。本妻の悋気《りんき》と饂飩《うどん》に胡椒《こしょう》はおさだまり、なんとも存ぜぬ。紫色はおろか、身中《みうち》が、かば茶色になるとても
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