ることだろうと、夢中になっての高話じゃ。
長十郎 藤十郎の紙衣姿《かみこすがた》も、毎年見ると、少しは堪能し過ぎると、悪口をいいくさった公卿衆《くげしゅ》だちも、今度の新しい狂言にはさぞ駭《おどろ》くことでござりましょう。
二郎右衛門 それにしても、春以来大入り続きの半左衛門座の中村七三郎どのに、今度の狂言で一泡吹かせることができると思うと、それが何よりもの楽しみじゃ。半左衛門座に引付けられた見物衆の大波が、万太夫座の方へ寄せ返すかと思うと、それが何よりの楽しみじゃ。
四郎五郎 そうは申すものの、新しい狂言だけに、藤十郎様の苦心も、並大抵ではあるまい。昔から、衆道のいきさつ、傾城買、濡事《ぬれごと》、道化と歌舞伎狂言の趣向は、たいていきまっていたものを、底から覆すような門左衛門様の趣向じゃ。それに京で名高い大経師《だいきょうじ》のいきさつを、そのまま取入れた趣向じゃもの、この狂言が当らないで何としようぞのう。
若太夫 (得意になりながら)四郎五郎様のいわれる通りじゃ。(藤十郎の前に、いざり寄りながら)前祝いに、もう一つ受けて下されませ。傾城買の所作は、日本無類の御身様じゃが、道ならぬ恋のいきかたは、また格別の御趣向がござりましょうな。ははは。
藤十郎 (役者たちの談話を聴いている頃から、だんだん不愉快な表情を示し始めている。若太夫の差した杯を、だまったまま受けて飲み乾す)
千寿 (藤十郎の不機嫌に気が付いて、やや取りなすように)ほんに、若太夫のいう通り、藤十郎様にはその辺の御思案が、もうちゃんと付いているはずじゃ。われらなどただ藤十郎様を頼りにして、傀儡《くぐつ》のように動いていけばよいのじゃ。
若太夫 (千寿の取りなしに力を得たように)今度の狂言に比べますと、大当りだという傾城《けいせい》浅間ヶ嶽の狂言などは、浅はかな性もない趣向でござりまする。密夫の狂言とはさすがは門左衛門様でござりまする。それに付けましても、坂田様にはこうした変った恋の覚えもござりましょうな。はははは……。
藤十郎 (先刻から、ますます不愉快な悩ましげな表情をしている。若太夫の最後の言葉に傷つけられたようにむっとして)さようなこと、なんのあってよいものか。藤十郎は、生れながらの色好みじゃが、まだ人の女房と懇《ねんご》ろした覚えはござらぬわ。
若太夫 (座興のつもりでいったことを真っ向から、突き放され、興ざめ黙ってしまう)
千寿 (再び取りなすように)ほんに、坂田様のいわれる通りじゃ、この千寿とても、主ある女房と懇ろしたことはないわいな。
他の役者たち (皆一斉に笑う)……。
弥五七 それは誰とても同じことじゃ。女|旱《ひで》りがすれば格別、主ある女房にいい寄って、危い思いをするよりも宮川町の唄女《うたいめ》、室町あたりの若後家、祇園あたりの花車《かしゃ》、四条五条の町娘、役者の相手になる上臈《じょうろう》たちは、星の数ほどあるわ。ははは。
源次 だがのう。一|盗《とう》二|妾《しょう》三|婢《ひ》四|妻《さい》というて、盗み食いする味は、また別じゃというほどに、人の女房とても捨てたものではない。
長十郎 さては、そなたには覚えがあるとみえる。
源次 何の覚えがあってよいものか。だがのう、磔が恐ければ、世に密夫の沙汰は絶えようものを、絶えぬ証拠は、今度の狂言に出るおさん茂右衛門じゃ。色事の道はまた別じゃ。はははは。
若太夫 (自分の悄気《しょげ》たことを、隠そうとして)座が淋しい。さあ……若衆たち、連舞《つれまい》なと舞わしゃんせ。
三四人の若衆 あいのう。(立って舞い始める)
藤十郎 (黙々として、ひそかに狂言の工夫をめぐらすごとき有様なりしが、一座の注意が連舞にひかれたる間に、ひそかに座を立つ。正面の障子をあけて、静かに廊下に出ず)
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(若衆たちは、舞いつづけている。鼓の音が、激しく賑かになる。役者たちも、浮かれ気味になる)
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弥五七 (おかしき様子にて立ち上りながら)わしも連舞の群に入ろうぞ。
四郎五郎 美しき若衆たちと、禿げた弥五七どの。これは一段と面白い取合わせじゃ。鼓はわしが打とうぞ。
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(若衆たちと一緒に、弥五七道化たる身振りにて舞う。皆笑いさざめくうちに、舞台回る)
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          第二場

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宗清の離座敷。左に鴨の河原の一部が見える。右に母屋の方へ続く長い廊下がある。絹行燈の光が美しい調度を艶《なまめ》かしく照らしている。
幕が開くと、藤十郎は右の廊下を、腕組みをしながら歩いて来る。時々、立止まって考える。廊下の柱にもたれて考える。またまた、二、三歩、歩みながら、簡単な所作
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