》は機《おり》を待つより外はないと、諦《あきら》めている内に、二十の声を聞くや聞かずに、そなたは清兵衛殿の思われ人となってしまわれた。その折のわれらが無念は、今思い出しても、この胸が張り裂くるようでおじゃるわ」こう云いながら、藤十郎は座にもえ堪《た》えぬような、巧みな身悶《みもだ》えをして見せたが、そうした恋を語りながらも、彼の二つの眸だけは、相変らず爛々《らんらん》たる冷たい光を放って、女の息づかいから容子《ようす》までを、恐ろしきまでに見詰めている。
お梶の顔の色は、彼女の心の恐ろしい激動をさながらに、映し出していた。一旦蒼ざめきってしまった色が、反動的に段々薄赤くなると共に、その二つの眼には、熱病患者に見るような、直《すぐ》にも火が点《つ》きそうな凄《すさま》じい色を湛《たた》え始めた。
「人妻になったそなた[#「そなた」に傍点]を恋い慕うのは人間のする事ではないと、心で強《きつ》う制統しても、止まらぬは凡夫の想じゃ。そなたの噂《うわさ》を聴くにつけ、面影を見るにつけ、二十年のその間、そなた[#「そなた」に傍点]の事を忘れた日は、ただ一日もおじゃらぬわ」彼は、一語一語に、一句一
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