句に巧な、今までの彼の舞台上の凡《すべ》ての演戯にも、打ち勝《まさ》った程の仕打を見せながら、しかも人妻をかき口説く、恐怖《おそれ》と不安とを交えながら、小鳥のように竦《すく》んでいる女の方へ、詰め寄せるのであった。
「が、この藤十郎も、人妻に恋をしかけるような非道な事は、なすまじいと、明暮燃え熾《さか》る心をじっと抑えて来たのじゃが、われらも今年四十五じゃ、人間の定命《じょうみょう》はもう近い。これ程の恋を――二十年来|偲《しの》びに偲んだこれ程の想を、この世で一言も打ち明けいで、何時《いつ》の世誰にか語るべきと、思うに付けても、物狂わしゅうなるまでに、心が擾《みだ》れ申して、かくの有様じゃ。のう、お梶どの、藤十郎をあわれと思召《おぼしめ》さば、たった一言情ある言葉を、なあ……」と、藤十郎は狂うばかりに身悶えしながら、女の近くへ身をすり寄せている。ただ恋に狂うている筈《はず》の、彼の瞳《ひとみ》ばかりは、刃《やいば》のように澄みきっていた。
余りの激動に堪《た》えかねたのであろう、お梶は、
「わっ」と、泣き俯《ふ》してしまった。
一〇
恐ろしい魔女が、その魅力
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