ゃ。そなたを、世にも稀《まれ》な美しい人じゃと、思い染めたのは」と、藤十郎は、お梶の方へ双膝《もろひざ》を進ませながら、必死の色を眸《ひとみ》に浮べて、こう云いきった。
藤十郎に呼び止められた時から、ある不安な期待に、胸をとどろかせていたお梶は最初はこの美しい男の口から、自分達の華《はな》やかな青春の日の、想出話《おもいでばなし》を聴かされて、魅せられたように、ほのぼのと二つの頬《ほお》を薄紅に染めていたが、相手の言葉が、急な転回を示してからは、その顔の色は刹那に蒼《あお》ざめて、蹲くまっている華奢《きゃしゃ》な身体《からだ》は、わなわなと戦《おのの》き始めていた。
藤十郎は、恋をする男とは、どうしても受取れぬ程の、澄んだ冷たい眼付で、顔さえ擡《もた》げ得ぬ女を刺し透《とお》す程に、鋭く見詰めていながら、声だけには、烈しい熱情に顫《ふる》えているような響を持たせて、
「そなたを見染めた当座は、折があらば云い寄ろうと、始終念じてはいたものの、若衆方の身は親方の掟《おきて》が厳《きび》しゅうて、寸時も心には委《まか》せぬ身体じゃ。ただ心は、焼くように思い焦《こが》れても、所詮《しょせん
前へ
次へ
全33ページ中25ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
菊池 寛 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング