た。
「改まって何の用ぞいのうおほほほ」と、何気なく笑いながらも、稍《やや》面映《おもは》ゆげに藤十郎の顔を打ち仰いだ。藤十郎の声音《こわね》は、今までとは打って変って、低いけれども、然《しか》しながら力強い響を持っていた。
「お梶どの。別儀ではござらぬが、この藤十郎は、そなたに二十年来隠していた事がある。それを今宵は是非にも、聴いて貰《もら》いたいのじゃ。思い出せば、古いことじゃが、そなた[#「そなた」に傍点]が十六で、われらが二十《はたち》の秋じゃったが、祇園祭《ぎおんまつり》の折に、河原の掛小屋で二人一緒に、連舞《つれまい》を舞うたことを、よもや忘れはしやるまいなあ。われらが、そなたを見たのは、あの時が初めてじゃ。宮川町のお梶どのと云えば、いかに美しい若女形《わかおやま》でも、足下にも及ぶまいと、兼々《かねがね》人の噂《うわさ》に聴いていたが、そなたの美しさがよもあれ程であろうとは、夢にも思い及ばなかったのじゃ」と、こう云いながら、藤十郎はその大きい眼を半眼に閉じながら、美しかった青春の夢を、うっとりと追うているような眼付をするのであった。
九
「その時からじ
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