ぎわ》に立ち竦《すく》んでしまった。
「あれ、藤《とう》様はここにおわしたのか。これはこれはいかい粗相を」と、云いながら、女は直ぐ障子を閉ざして、去ろうとしたが、又立ち直って、「ほんに、このように冷える処で、そうして御座って、御|風邪《かぜ》など召すとわるい。どれ、私が夜のものをかけて進ぜましょう」と、云いながら、部屋の片隅《かたすみ》の押入から、夜具を取り下ろそうとしている。
 藤十郎は、最初足音を聞いた時、召使の者であろうと思ったので、彼は寝そべったまま、起き直ろうとはしなかった。が、それが意外にも、宗清の主人|宗山清兵衛《むねやませいべえ》の女房お梶《かじ》であると知ると、彼は起き上って、一寸《ちょっと》居ずまいを正しながら、
「いやこれは、いかい御雑作じゃのう」と、会釈をした。
 お梶は、もう四十に近かったが、宮川町の歌妓《うたいめ》として、若い頃に嬌名《きょうめい》を謳《うた》われた面影が、そっくりと白い細面の顔に、ありありと残っている。浅黄絖《あさぎぬめ》の引《ひき》かえしに折びろうどの帯をしめ、薄色の絹足袋《きぬたび》をはいた年増《としま》姿は、又なく艶《えん》に美しかっ
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