び交うているかのように、闇のなかに千鳥が、ちちと鳴きしきっていた。
 歌舞伎の長者として、王者のように誇を、持っていた藤十郎の心も、蹴合《けあわ》せに負けた鶏《とり》のように悄気《しょげ》きってしまっていた。彼が、座を立った為に、上からの圧迫の取れたように、急にはずみかけた酒宴の席のさわがしいどよめきを、後《あと》にしながら、彼は知らず知らず静寂な場所を求めて、勝手を知った宗清の部屋々々を通り抜けながら、奥の離座敷を志した。
 母屋《おもや》からは一段と、河原の中に突出ている離座敷には、人の気勢《けはい》もなかった。ただほんのりと灯《とも》っている、絹行燈《きぬあんどん》の光の裡に、美しい調度などが、春の夜に適《ふさわ》しい艶《なま》めいた静けさを保っていた。藤十郎は、人影の見えぬのを心の中に欣《よろこ》んだ。彼は、床の間に置いてあった脇息《きょうそく》を、取り下すと、それに右の肱《ひじ》を靠《もた》せながら、身を横ざまに伸したのである。
 が、騒々しい酒宴の席から、身を脱《のが》れた欣びは、直《す》ぐ消えてしまって、芸の苦心が再びひしひしと胸に迫って来る。明日からは稽古《けいこ》が始
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