、さすがに門左衛門様の御趣向じゃ。それに付けましても、坂田様にはこうした変った恋のお覚えもござりましょうなハハハハ」と、時にとっての座興のように高々と笑った。
今まで、おし黙っていた藤十郎の堅い唇《くちびる》が、綻《ほころ》びたかと思うと、「左様な事、何のあってよいものか」と、苦りきって吐き出すように云った。「藤十郎は、生れながらの色好みじゃが、まだ人の女房と念頃《ねんごろ》した覚えはござらぬわ」と、冷めたい苦笑を洩《もら》しながら付け加えた。若太夫は、座興の積《つもり》で云った諧謔《たわむれ》を、真向《まっこう》から突き飛ばされて、興ざめ顔に黙ってしまった。
傍に坐っていた切波千寿は、一座が白けるのを恐れたのであろう。取做《とりな》し顔に、微笑を含みながら、
「ほんに、坂田様の云われる通じゃ。この千寿とても、主ある女房と、念ごろした事はないわいな」と、云いながら女のように美しい口を掩《おお》うた。
が、藤十郎は、前よりも一際《ひときわ》、苦りきったままであった。彼は今心の裡で、僅《わず》か三日の後に迫った初日を控えて、芸の苦心に肝胆を砕いていたのである。彼に取って、其処《そこ》
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