にござります。傾城買の所作《しょさ》は日本無双と云われた御身様《おみさま》じゃが、道ならぬ恋のいきかた[#「いきかた」に傍点]は、又格別の御思案がござりましょうなハハハハ」と、巧な追従《ついしょう》笑いに語尾を濁した。と、藤十郎と居並んでいる切波千寿は、急に美しい微笑を洩《もら》しながら、
「ホンに若太夫殿の云う通じゃ。藤十郎様には、その辺の御思案が、もうちゃんと付いている筈《はず》じゃ。われなどは、ただ藤十郎様に操《あやつ》られて傀儡《くぐつ》のように動けばよいのじゃ」と、合槌《あいづち》を打った。
 藤十郎は、若太夫の差した酒盃を、受け取りはしたものの、彼の言葉にも、千寿の言葉にも、一言も返しをしなかった。彼は、酒の味が、急に苦くなったように、心持顔を顰《しか》めながら、グット一気にその酒盃を飲み乾《ほ》したばかりであった。
 彼は、今宵《こよい》の酒宴が、始まって以来、何気ない風に酒盃を重ねてはいたものの、心の裡《うち》には、可なり烈しい芸術的な苦悶《くもん》が、渦巻いているのであった。
 彼が、近松門左衛門に、急飛脚を飛ばして、割なく頼んだことは、即座に叶《かな》えられたのであ
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