たえ》の両面芥子人形《ふたつめんけしにんぎょう》の加賀紋《かがもん》の羽織を打ちかけ、宗伝唐茶《そうでんからちゃ》の畳帯をしめていた。藤十郎の右に坐っているのは、一座の若女形《わかおやま》の切波千寿《きりなみせんじゅ》であった。白小袖《しろこそで》の上に、紫縮緬の二つ重ねを着、虎膚天鵞絨《とらふびろうど》の羽織に、紫の野良帽子《やろう》をいただいた風情《ふぜい》は、さながら女の如く艶《なま》めかしい、この二人を囲んで、一座の道化方、くゎしゃ[#「くゎしゃ」に傍点]方、若衆方などの人々が、それぞれ華美な風俗の限を尽して居並んでいた。その中に、只一人千筋の羽織を着た質素な風俗をした二十五六の男は、万太夫座の若太夫であった。彼は、先刻から酒席の間を、彼方此方《あっちこっち》と廻って、酒宴の興を取持っていたが、漸《ようや》く酩酊《めいてい》したらしい顔に満面の微笑を湛《たた》えながら、藤十郎の前に改めて畏《かしこ》まると、恐る恐る酒盃《さかずき》を前に出した。
「さあ、もう一つお受け下されませ。今度の弥生狂言は、近松様の趣向で、歌舞伎始まっての珍らしい狂言じゃと、都の中はただこの噂ばかりじゃげ
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