行った。彼の瞳《ひとみ》は、人妻を奪う罪深い男の苦悩を、ありありと刻んでいた。彼がおさんと暗闇で手を引き合う時、密夫の恐怖と不安と、罪の怖《おそろ》しさとが、身体一杯に溢《あふ》れていた。
 其処には、藤十郎が茂右衛門か、茂右衛門が藤十郎か、何の差別もないようであった。恐らく藤十郎自身、人の女房に云い寄る恐ろしさを、肝に銘じていた為であろう。



底本:「藤十郎の恋・恩讐の彼方に」新潮文庫、新潮社
   1970(昭和45)年3月25日初版発行
   1990(平成2)年1月15日第34刷
初出:「大阪毎日新聞」
   1919(大正8)年4月
入力:川山隆
校正:noriko saito
2008年8月28日作成
青空文庫作成ファイル:
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